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戦争を考える8月

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  父の遺品に日中戦争で金一封をいただいたA4判の賞状があった。
僕の生まれる前、戦死していたら、私はこの世に存在していない。
 戦争は過去の事実、戦争について父は「俺たち戦争経験者がいなくなれば日本はまた戦争するのではないか」
と言葉少ないが言い残していた。
 あまりにむごい経験のため思い出すような語り部には父がなれなかったのだろう
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このガリ版での新憲法普及書も遺品、

 現在の日本国憲法、の9条は押し付けではない日本側から提案されたというのがテレビで報道された。
真実だろう、動機は天皇一族の命乞いのための提案で、スッキリする。
 軍備も持たないというのも周りの国へ迷惑かけた軍国日本を再来させないという担保であろう
残念だけど天皇制を排除していない、中途半端な民主主義を憲法として持つことになり、
首都東京に横田基地、厚木基地として米軍が
残っているのだろう。 そして自衛隊は米軍の補佐としてのみ存続できるのだろう
ほっしゃん
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今日は終戦記念日、私の父も21歳で出兵している。


父は几帳面な人で、日記というかポケット手帳にその日のできごとをまめに書く人だった。
父の記録によると。
21歳のときに陸軍工科学校を卒業し、伍長として満州奉天兵器工場に赴任している。
昭和15年3月大連周水分工場、 11月兵技軍曹。。。曹長
昭和18年に広島に昭南島(シンガポール)に行く途中3月から9月までいたと記録している。
19年に昭南島ペナン支店に勤務、兵器准尉となり
20年8月に終戦を迎え、マライ➡ラヤンラヤン➡レンバン島に留め置かれ
21年の7月1日に広島大竹港に上陸復員と記されている。

父は81歳で亡くなるまで、戦時中のことはほとんど話さず、
母から間接的に、断片的に話されたのを記憶している。
戦後警察予備隊が作られるとき、誘いがあったけど断ったとか
俺の世代がいなくなったら戦争をまたするのではないかとか
父の遺品として、2度と戦争などしないように、軍帽とかゲートル、勲章とか捨てずにしまっている

今生きている、戦争を経験した人にはもっとその当時のことを話して欲しいものだ。
戦争は外部からもたらさられる、われわれ庶民から離れたところで「主権は支配者にあり」
特権階級の生命と財産を守らされる庶民、
特に世界の憲兵としてあちこちで戦闘を繰り返しているアメリカに従うようでは
戦争を呼び込むようなものと考える。

戦後70年もたつのに、未だに日本に外国軍が駐留し、沖縄もアメリカから解放されていない
戦後80年には「主権在民として」この状態を総決算したいものだ。

太平洋戦争中に戦争に反対した人はいますか?